2004、ホームページも6年目になりました 。ネット人口もどんどん増えて、世間様に恥を晒す頻度も高くなってまいりました。それでも変わらずこのページは存在し続けるようです(;^_^A

  先月の日記も読む                HOMEへ行く

 

  4月23日

 朝のっぺりとNHKを見ていたら、冬ソナのぺ様の日本人ファン(ま、オバちゃん限定みたいなもんだが)の盛り上がりぶりと
日韓友好に関しての特集が流れた。私は冬ソナはちゃんと見ていないしぺ様の魅力もよく分からんのだが、ファン意識が
手に取るように分かるだけに微笑ましくもあり、羨ましくもあり・・・・・

 そう!羨ましいの、悔しいの・・・ 思いっきりひがんでしまう!(>_<")
 あの方だって、どれだけ日本と中国の関係を親密にしたと思ってるの??私のような、末端の人間があの方を通して、中国から
きたけんこーちゃんご夫婦と繋がり、あの方を追いかけ7回も香港に行ってる隣市の友人もいる。
 でも香港も中国も彼に冷たい、そう何度も思ったし、そして今、彼はもういない。
 悔しくて、やりきれなくて、テレビを見てまた泣きだしちゃったものだから、冬ソナファンのオヤジがやれやれって顔で見て見ぬふり。
 なんだか収拾がつかなくなって「悔しいから印刷してやる!」と言い訳みたいに叫んで、某日本サイトさんの彼の美しい画像を
コミコミと印刷し始めちゃった。(ぺ○○スさん、いつもありがとうございますm(_ _)m)
 ほんとにこのサイトさんの彼の画像は美しい。彼への愛情が溢れてる。そして何より、どんどん更新されているところが
また羨ましい。
 でも、更新したいのよね、こんな時期だから一番。もう何を目当てに先に進めばいいか分からなくなってしまってる方々が
多いでしょう? 私もそう。だからこそ更新したい。でも私はなかなかできなくて、それも悔しさの一つ。
 戴いた直訳がまだ何篇かあるのだけど、れすり〜が見えてこなくてね、何度向かって投げ出したやら。
 誰がそれを私に求めているわけじゃなくて、ただ自分を納得させるためだけにやってることではあるけど、その自分が納得できない。
 
 亭主が「ぺ様に乗り換えたらいいべ」って言う。(過去には絶対にこんなこたぁ言わなかったぞ。誰かにミーハーしろ、なんて自分から
言うわけないテキだったのだが。)「それができるんだったら、どんなに楽か分からんけどね。」と私は答える。
れすり〜の囚われ人たちはみなそう思っているのかな??れすり〜から離れるなんて出来るわけないけど、でもたいがい苦しいよ。 
 みなさんは、どうやってこんな気持ちを開放してらっしゃるんだろうか・・ 
 


 4月17日

   

  桜が満開でした\(^^\)(/^^)/ 昨日(平日)の↓いつもの公園です。早出が終わって寄った公園は、人っ子ひとりいなくて、
やっと駐車中の車を見つけて、自分の写真も撮ってもらいました(^^ゞ
 都会じゃ考えられないことでしょうね。こんな綺麗でのどかな所に、誰も人がいないなんて。
 今日も帰りに寄ったところ、3歳くらいの男の子とボール遊びをしている若いお母さんと、4歳くらいの娘さんと駆け回っている、
ご両親を見かけました。(ナニセ芝生も入り放題なので)
 とっても微笑ましくて可愛らしい(*^。^*) 「お母さん、山に行こう!」なんて、石段を登ったり。つい、自分の子供時代、子供たちが
小さかった頃を思い出してみました。
 若い親たちも頑張っているんですよね。で、子供は掛け値なしに親の愛を信じきってる。
 こんな社会ですけど、いつの世でも親子の信頼関係は不滅です。我慢は物質的なことに対してすることで、愛情は惜しみなく
贅沢に使って欲しいと思ったことでした。(桜と話題がずれましたね(^^ゞ  )
 


 4月12日

 曜日の感覚がまったくなくて、仕事場に行って「あれ?今日は車が少ない・・・あ、土曜か!」なんて始末(*^^*ゞ
 昨日も昨日とて遅出の出勤前にいつもの公園へと向かいましたデス。ぽやぽやと温かい日で、仕事終わりの夜の時間のために
着ているフリースがやけに暑苦しい。
 と、公園にはいろんな人たちが!おお!そういえば今日は日曜!
 ちらほらとほころび始めた桜の木の下にブルーのシートを敷いてお花見をしている仕事場のお仲間と見受けられる、固そうな
ご一行様。手を繋いで、目を見つめながら歩く若いカップル。授業だか部活だかのことを声高に話しながら歩いてる制服姿の
男子高校生たち、ベンチでやおら三味線を持ち出してチューニングを始めたおじさん・・・  
私は駐車場の車の中で(でも桜の木の下なの!)意訳をひっくり返したり投げ出したり、また取り掛かったり、と、まったりした
仕事前のひと時⊂(;^^)=○()/>.<)/ 

 はっきり言って世界情勢はたいへんにきな臭い。イラクでは民間人である日本人3人が人質にとられ、自衛隊撤退の要求を
突きつけられている。ガソリンの値段も上がっているし、あちこちで起きているテロのニュースは毎日報道されている。
 それが聞こえないわけじゃないけれど、私の日常はこんなもの・・・
桜の花の下で「いつ満開になるのかなぁ 」なんて空を見上げている。公園でお休みのひと時を思い思いに過ごす人たちを
横目でみながら微笑んでいる。

 これが正しいのか、別のあり方があるのか、なんて私にはさっぱり分からないから、なんとかこのままでいさせて下さい。
桜の花に誰もが素直に喜べる日常が来るように願ってはいるけど、やっぱり私はここでこんな風に暮らしていくのでしょう。
 


 4月9日
 
 いい天気が続いて気持ちがいい。田植えの準備も忙しくなってきて、早出で帰って来たら、やっぱり手伝わずにいられないよね。
 ってことで相変わらず夕飯作りは婆様、という主婦であります。

 交代シフトは定休日が多いので、きのうは香港のイベントに参加してきた友人を襲撃して話を聞いてきました。(お土産ももらって
きたぞ!)蝋人形とはへばりついて写真を撮っていたなぁ〜〜 (ううううう〜〜ん、だけど所詮蝋人形じゃん!と、つい私は思って
しまう。あんな表情のない、魂の入っていない人形より、感情のたよう一瞬を捉えた写真の方がずっと好き! 
 って、そりゃみなさんそうなのでしょうけど、これが本体のいない辛さ。いくら代用品を用意しても、代わりになるわけがない。
それでもやっぱり何かにすがってしまう私たちファンってのも、なんだっかねぇ・・・)
 まぁ、土産話とは言え、古いなじみの脈絡のないおしゃべりなので、ここに書くべきほどものもはありませんが、はぁ、この時期は
なんだかほんとにまったくどうしたものか・・・ ふぅ、ε=(/。\;) 切ないっすのぉ・・・

 4月3日

 夕べ遅出で明日から早出。谷間のような一日、朝っぱらから自分の過去日記を読んだりして_(^^;)ゞ

 昨年の4月、もうワケ分からないくらい悲しかった。れすり〜が居なくなってしまった、ということがまったく納得できなかった。
 5月になると、れすり〜の選択に至る道のりを考えている。彼の子供時代、彼の感受性、彼の幸福感・・・
 これが6月になると、自分の過去を振り返り、れすり〜が何故これほどまで自分に影響を与えたのか、必死に分析している。
この頃はけっこうボロボロで、睡眠不足と食欲不振で、とにかく泣いてばかりいる。何にでも涙が出てくる。その頃の写真なんか
みると、かなりヒドイ表情をしてるね。どうしてこう悲しいのだろう、と思うと、自分の悲しかった過去、悔しかった過去がどんどん
蘇ってきて収拾がつかない。
 7月あたりから意訳を始めて、自分のこと抜きにれすり〜のことだけを考えるようになってきている。もちろん、自分の感覚で
捕らえてしまう思い込みのれすり〜像ではあるけど、これは意外とよいリハビリになってる。彼がいないなんてこと、すっかり忘れて
ただれすり〜を近くに感じている。
 同時に亭主にこの状態を納得させるべく(普通は納得なんてしないだろうけど。そこがほれ、バカ正直人間(- -;))とにかく
アピールあるのみ!れすり〜が単なる男性俳優ではなく、人間の生きかたというものに大きな影響を与える人だった、ことを
力説してるね_(^^;)ゞ

 「Leslie みんなで愛してる♪」でいろいろな出会いがあり、また新たなれすり〜を知り、たくさんたくさん曲を聴いて、
もう頭の中は四六時中れすり〜のことだけ!投稿戦士もばったりやめて、ただただひたすられすり〜の人となり、れすり〜の
幸せ、れすり〜の生きかたばかり考えて意訳だの小説だのを書いている。またオフ会、メール、れすり〜ファンとの
意思の疎通も濃くなってゆく。

 今年の2月に亭主が韓国みやげで、れすり〜ポスターを買ってきてくれたあたりで、れすり〜は私たち夫婦の関係さえも
変えてしまった、ということに改めて気づく。亭主の人間性を再確認するに至っては、それまでの26年間、いかに互いに
無関心で生きてきたか驚かされるよう。(でも互いに干渉しあわないスタンスは変えるつもりはないけれど。)
私の家族観もえらく世間さまと違っているし、ちょっと変わり者だったのかも、と人生48年目にして初めて気がつく始末。

 この一年、とても濃い精神活動をしました(^m^)
 映像リンク集、掲示板はひたすら他力本願でたくさんの方に訪れていただき、このことにもれすり〜の人間性の深さを感じ、
みなさんの熱い想いを改めて知り、励まされました。
 作ったページもけっこうな数になりました。
オフ会のレポートが4つ。意訳が29作(裏バージョン含)、小説が3つ、シナリオが1つ。
当時の血を吐くようなみなさんの声が残った掲示板の過去ログ、syuusyuuさんと知りあい、れすり〜を掘り下げていく妄想書簡集、
そして意訳のメイキングである番外編・・・
 本家に50作ほどの詩をアップしていますが、これには15年ほどもかかっています。(もちろん作ったものはその2,3倍には
なるでしょうが)その私が実に10ヶ月でこれだけのものを書いたのです。
  
 れすり〜、なんて人でしょう。私たちにこれだけの力をくれたのです。
やっぱり、こういう人だったのです。映像と音楽が美しく耽美なだけじゃないんです。彼の生きかたが私たちを揺り動かしたのです。
これからの人生、ずっと道連れですね_(^^;)ゞ 嫌がられても、もう逃がしません。今はこんなに傍にいてくれるのですから。
 れすり〜、ありがと。これからもよろしくね。


 4月2日

 本日は遅出の最終日。人気のまばらな夜の工場ってのもなかなか風情があっていいもんだす。ちょっと時間の進み方が
仕事の内容によって違うところがしんどいところかな??
 いずれまだまだ新人ですから(;^_^A  現場も交代勤務も。これからまだどんどん受け止め方の違って行くのでしょうけど。

 遅出はね、帰りにスーパーに寄って「本日の酒の肴の半額お惣菜」を探すのがけっこう楽しみ。24時間営業だけど
この時間帯はお惣菜はほとんどなくなっているのよね。でも残っているものは燦然と輝く「半額」のシール\(^^\)(/^^)/
いやぁ 嬉しいなぁ 夕べはピザのカットをゲット。一昨日はいなり寿司、海苔巻き!こ〜んな楽しみ!あまりにもささやか??
(太るぜ!という声が聞こえそう〜〜〜(((^^;)(;^^) ))  )
 
 そして昨日は私(たち)にとっては特別の日でした。朝はけっこう情緒不安定だったけど、昨年の今日みたいではないです。この一年、ずいぶんと彼のことを想ったんだなぁと、改めて思いました。
 私は好きなことを書いて発信できるこのページがあったし、それでも足りずにサイトを立ち上げて意訳三昧。そしてそのことにたくさんの反応を貰って、何度かオフ会もできたし、彼がいなくなってしまった苦しみ、戸惑いをずいぶんと開放させてもらったと思います。(もし、ここがなかったらどうなっていたのでしょうかね・・・)
 彼に、そして彼が合わせてくれた人たちに、いくら感謝してもしきれない・・ そう思えるようになりました。 毎年毎年4月1日はやってくるけど、改めて彼を感じる記念日にしたいと思います。   

 


先月の日記も読む