2003、ホームページも5年目になりました。相変わらず変わり映えしない日常を、なんとか楽しく乗り切って行きたいと思っています。   

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 11月30日

 今月ももう終わり?!早い、慌しい!!なんという11月だったこでありましょう(O.O;)(oo;)
行事やイベントもさることながら、自分で自分の首も絞めているような(;^_^A
 省吾のページもまだのまま、(誰も期待もしてないし頼んでもいないのに)またままたれすり〜の
ショートストーリー作りにはまって、寝る暇もないという状況。
 もうれすり〜への愛なのか、自分自身への意地なのか、ワケ分かっていませんね(^^ゞ
でもいいの。この苦しみが楽しいのだから。(もうほとんどMの世界ですね(;^_^A  )

 でもって来月には久しぶりの徳永のコンサートにも行ける予定です。
難病は完治していないとは言え、とにかく復帰できたことは嬉しいです。前ほどパワフルでなくても、また馬鹿正直な
自分の全部をさらけ出すコンサートをやって欲しい。ファンも応援しているから。
 省吾と「HOME BUND」知り合い共に生きて24年、徳永とは88年(?)の「DEAR」から14年ほど。
それなり、もう遺伝子の 一部になってると思われます。れすり〜とはサム落ちで9年、けっこう影響の大きな遺伝子でした。
 それが今年欠落することになって、遺伝子の持ち主はもう本体を壊すほどの大ブロークン〜〜(-"-;)
 自分というものの見方を変えなくてはならないくらいの衝撃でしたが、それもこれも、ミーハーというフォルダが
私の中にどっかりと存在するから。
 そのフォルダにどんなファイルを作るのかは人それぞれでしょうけど、その前にフォルダそのものが存在していない
方々のなんと多いことよ。それもまた、今回の衝撃の中では苦しいことの一つでありました。
だって、みんなあきれ返って、遠巻きに後ずさって行くだけなんだもの。
(もちろんでっかいフォルダを持つ方々との、大きな出会いもありましたが。)

 ま、人様がどうあれ、私は自分の気持ちを認めてあげるよ。だからせめて周りに迷惑だけはかけないようにしてね。
とりあえず、ショートストーリーの(でもあんまり短くないかな?(;^_^A )入力が終わったので、あとはレイアウトだけ。
(どなた様一人、振り向いてくれなくても)けっこう達成感はいいものです。
う〜ん、こんな毎日を過ごせるなら、まだ当分はれすり〜の元には行けそうにないな〜〜〜


 11月22日

    

     

 仙台に行ってきました。タテマエは長男に会いに行く、で、その実態は浜田省吾のコンサートでした(^^ゞ
(コンサートの模様は別のページに立ち上げるつもりです。)

 朝起きて、一応長男に届けるためのお惣菜や焼きおにぎりを作って車に積み込み、
いつも山形道ー東北道を行くのですが、5時半開場なので一般道をゆっくりと行こう、ということで、仙台の友人に
道を教えてもらった、R345(風車の立川、 戸沢村)R13(新庄、尾花沢、 東根、天童)R48(東根、作並、仙台)
という道順を私が運転して、仙台に入ってからは亭主に代わって貰いました。いやはや、市街地の運転は辛いっす。
一、二度は曲がるところを間違えて住宅の路地に入り込みながらもその1のアパートになんとか車を置くことに成功。
それから二人でお昼を食べて地下鉄で会場に近い勾当台公園駅に行って分かれて、そこで私は会場の県民会館の
まわりをぐるぐる〜〜 その時3時半。(FCのイベントで会員証もいるのに、なんでダフ屋が??)
だけど、すでにたくさんのファンの人!なんと、グッズを買うための列だったんですね。
でも、グッズにこだわりのない私は(だかられすり〜の時もすっからかん、だったんだ)口をあけて見てるだけ。
そしてその列はひたすら長くなり、またその年齢層も微妙に高くて道行く人は何を思ったでしょうね。

 9時半過ぎにコンサートが終わり、地下鉄で北仙台駅まで行くと、久しぶりの長男が♪
それから長男の「いつも食べれない豪華なものを食べてやる!」発言とともに、彼オススメの居酒屋に。
オトコ共が飲むので、私はウーロン茶。息子のリクエストは「鱈菊(うちらではダダミ)の刺身、てんぷら」
「めじ鮪の刺身」「タラバの天麩羅」それに亭主もまけずに「サザエの刺身」エトセトラ、エトセトラ〜〜〜
でもいいです、こんなミーハーのためにダシになってくれる息子と、亭主ですからね(^-^)
 息子をアパートに送り、亭主と馴染みの郊外に近い広瀬川のモーテルへ。(楽なんですよ。こういうところ。
どうせ連れは亭主だし。長男のことで仙台に来たら、いつもここなのでもう4回目??)疲れ果てて爆睡です。
 朝起きて、備え付けのコーヒーを飲み、(電子レンジも、電気ポットもなんでもありだし、持込もOKだし)
今日は別の道程で帰ろう、ということで地図を広げて検討です。
 8時過ぎにそこを出てコンビにおにぎりを食べながら今回のルートはR457(富谷町、中新田町、岩出山町)
R398の花山村へ!!!ここを過ぎれば秋田県の皆瀬村だ!!と思いつつ運転していたけど・・・・
雪でした・・・・そして峠を越え日本海側の皆瀬村に入ったとたん猛吹雪で道路は積雪!!!助手席の亭主は
運転してる私よりもドキドキハラハラ。でもちっとも心配ないよ、ダー、家を出る前、ちゃんとスタッドレスに替えたじゃない!
 雪の急勾配曲がりくねったR398を降りて行ったら、着きました!目的その1「小安峡」!!!
さすがに紅葉の時期は終わっていましたが、独特の硫黄の匂いと渓谷の力強さ、美しさに誘われて、車を降り
霙の中を散策しました。
 そのままR398を走って、運良く国道沿いに見つけたのが稲川町の念願の十七代佐藤養助稲庭うどん屋さん。
(昨年2時間ならんだトラウマがある店。でもあの時は運転手でなかったので、国道沿いだとは思っていなかった)
時刻は12時ちょっと前。雪の土曜は並ぶことなくすぐに席につくことができました。
 私は雪の峠を越えて大分不機嫌。稲庭の温うどんを食べて少しは機嫌がなおったけど、今度は亭主が運転席に。
で、向かった先は増田町の「漫画博物館」あの矢口高雄氏の三平に逢え、たくさんの漫画家さんの原画に逢える
マニアには垂涎の場所です。亭主は初めて、2度目の私もあの世代ですからね〜〜 涙しました。

 その辺から疲れはピークです。峠を越えての下界もみぞれ・・・ 十文字町、羽後町経由、ナビの必要ない
おなじみのR107雄物川町に入った頃、私の意識は無くなってしまいまいした(^^ゞ
 気がつくと我が家の駐車小屋の中・・ ちょっと眠った私、はっと気がついて、一人切りをいいことに
2日間自粛していたタバコとれすり〜のCD復活したこと、実は亭主にもナイショなのよ。みんな、言っちゃダメよ!


  11月19日

 って、ほんとはもう20日になってしまった(;^_^A  夜更かしは美容の敵なんだけど(な〜んてこたぁ、からきし思って
いないでしょ、この人は。ただ睡魔との戦いに負けそうなだけでしょ(^m^)) 毎晩毎晩PCと格闘していて、それでも
時間が足りないって、いったい何をどうしたいんだかね〜〜

 さて、これはダーに買ってもらった新PC(ほれ、こんな時だけ「ダー」だぜ(^m^) )XP。
それでは9月の15日に壊れた前PCW98はどうしたか・・ というのが本日の話題。(ってほどたいそうなことでは
ないけど(^^ゞ  )
 20日くらいで戻るはずのPCが結局帰って来たのが10月19日。ハードディスク、LLユニット(って何か分からない)
キーボードカバーを交換してしめて税込み98700円!!!!(O.O;)(oo;)
でも買った時に5年保障(価格の3%5994円)をつけていたためにチャラヽ(≧▽≦)ノ
 帰ってきたその日から優しい妻は太っ腹(比ゆではありません。厳然たる事実)な夫のために設定設定・・・と(;^_^A
まったくうまく行かない。とりあえず、無線ランカードをルーターに認識させるために悪戦苦闘!!!
 ついに断念してその2に全部丸投げして、私は会社へ・・・ 帰るとメモが。
「あれは無線ランカードではなく有線ランカードです!!!」 ( ̄□ ̄;) 
おおおおおおお〜〜い!電気やさん!私に嘘ついたのか!!(`ε´)
(たぶん私が適切な質問をしないで、買ったのだろうけど・・・┐('〜`;)┌)
 ところが転がってくるもんですね・・・ 実家がISDNからBBにするって言うんで、ランカードもルーターももらちゃった。
(もっと早けりゃルーターも買わずに済んだのだけど)
で、やっとの思いでランカードを認識させまして、設定をいたしましょう、とXPを設定した要領でやるも、どうしても設定
できない・・・(-"-;)  弟に電話した結果、W98は「広帯域に対応していない」と。でもMEなら対応してるはずだし、
容量もたいしたことないから、ソフトをインストールした方がいい、と・・・
 しましたよ、たまたまあったし。ところが素直に入らない。(後でその2に聞いたら、どっかを開いて、なんかを
閉じるんだそうだが、そんなん私に分かるかい!←自慢するな)で、実家に持って行こうかな、とPCを車に積んだまま
気が変わり反対方向にドライブ。そこにオバちゃんの運転する車が飛び出してきて、急ブレーキをかけたところが
PCが下に落ちちゃった(>_<")
 帰って電源を入れようとしたら電源接続部分がPC本体の中に引っ込んで、また入院〜〜〜それが10月28日・・

 二度目の入院ではフリーズの症状が見つかり(そういや、CD−Rを開こうとするたび、凍っていたな)メインボード
交換!!!37537円!!!!一回目とあわせると136237円!!!実は補償額は135000円だったのよね。
これを一度にやっていたら1237円も持ち出しだったのに、2回に分かれたのでチャラ!!(((^^;)(;^^) ))
 戻ってきた日にまた設定に再挑戦!今度はMEなんてややこしいことは言わず、フレッツのツールをドン!と入れて
私のアドレス登録したら、あらら〜〜 一発で繋がったじゃないヽ(≧▽≦)ノ きゃー私って天才!!(x_x) ☆\(^^;)
亭主のメルアドで受信トレイも設定して、2ヶ月ぶり以上で亭主へのメールを受信してみると、アダルトサイトから3通だけ
入っていました(^m^) 寂しいね、ダー様。私なんて毎日広告メールが30通も入っているよ(- -;)

 これですべて万々歳に思えた復旧騒動でしたが、実は大分前から壊れかかっていたみたいで、今年あたりから
書き込んでいたCD−Rの中身が部分的に開かないのね。電気屋さんで「でもちゃんとそのCD−Rから写真とか
読み込んでメールとかに添付できたんですよ。」と言ったら「ずれたPCで書き込んだものを、ずれたPCで読みこんだから
できたんです。ハードを交換して正常になってしまうと、ずれた状態のものはもう読み込みはできません」って。
だから、たくさんの写真がダメになってしまいました(- -;)
 8月の同級会や、土門拳記念館のアジサイ、会社の送別会・・ たくさん入っていたのだけど、ダメみたい。
これはほんとに残念だけど、しょうがないですね・・ 
 日記に貼り付けた分は、サイトから呼び込めますから、それで我慢です・・・

 そして、このたび新しいHP作成ソフトをインストール!!!
超快適!! と思う前に、まだまだ操作が不案内。(;^_^A  でもぼちぼち頑張っていきます。
ほんとに、ますます深みにはまっていく私だなぁ・・・
(PCを買ってネットを繋ぐこと、・・・いろいろあって新ソフトを入れること、そんな決心をさせてくれたのは
実はれすり〜だったりする。れすり〜がいないと、こんな面倒なこと、一人じゃできっこなかった。
 でも、そのれすり〜はもういない。だけど情熱は薄れない・・・ ああ、ため息でちゃう)


 11月17日

  終わりましたぜ〜〜 「オリジナル愛唱会」の第3回発表会。 いや、私は正式メンバーでもなく、今回はちびっと受けつけした
ただのギャラリーにすぎませぬが、ただひたすらすごい!まさかシロートの集団とは誰も思うめぇ・・ってなもんですぜ(O.O;)(oo;)
 全25曲、3時間強を、すべての作詞作曲編曲、そして演奏、歌、司会、寸劇、ナレーションにカラオケのスライドショー、みんな
地元のみんなでやっちゃうんだもんねぇ
 今回もお客さんがたくさんで嬉しかったです。(^-^) 知った顔がたくさんなのも、地元ならでは。 
ま、盛況ぶりはここで書いてもきりがない。とても楽しかったし、大成功でしたでしょう。
 でも、本音の本音としては、私はああいう場所は得意じゃないかも・・ 自分の詩に曲をつけてもらって、歌手さんに歌って
もらうのは、とっても嬉しい、わくわくする。でも、私はただの観客の一人として、唄そのものに感動していたい。
イベントの企画、実行って、とっても苦手かも(;^_^A  一人きりの車の中で、あれこれ言葉をいじっている時が一番楽しい。
だけどそれって、卑怯者かしら・・

(↓以下肖像権をまったく無視した写真であります。見たことない方は、想像して見てね。
思い当たる方は、お口をつぐんでくださいね。)

      ここまでが前日のリハーサル風景です。

   そしていよいよ本番であります♪

    

       

 小芝居などもあり、フィナーレ。みなさん、素晴らしかったわ!!


11月14日

 16日の本番に向け、事務局や歌手、バンドのみなさんはおおわらわのようです。・・ということで、夕べリハを覗きに行ってきました。
事務局がプログラムやスクリーンに映すカラオケ(歌詞)それに寸劇などの相談でした。その脇ではバンドのみなさんが練習をしてるし
歌手の方も変わりばんこにバンドと音あわせ・・・ なんて書くといかにも順調でしょ??
でも現実は、歌詞が変わるよ〜〜 スライドの文字変えて! 寸劇の脚本が完成してない!それにいつ練習できるんだ?
ちょっと、私まだ歌う曲のデモテープも譜面も貰ってないよ! プログラムの順番が変わったから、入力しなおして!!
練習場が9時まで!あと2曲だけ!誰が歌う??? 長すぎる!縮めよう、これはアレンジを変えよう!あ、時間だ!
機材をステージに運んで!!
 もうしっちゃかめっちゃか!!バンマス、「ああ、時間が足りない!」と叫んでいました(^m^)
 ギャラリーで行った私ですが、自分の詩についた曲を聞くどころの騒ぎではなく、帰りにはドラムケースとかの運搬を(ちょっとだけ)
手伝って、(おいおい、いっつもこんなに綱渡りなのかい??(;^_^A )と、ただただ忙しいオトナたちの趣味を感動して見てまいりました。
でも明日は本番並のリハ。ステージでちゃんとミキシングして歌が聞けるはず。また行っちゃうんだ(^m^)


11月10日

 月曜ですね♪今回は世間様並に土日が定休日に当たっていますが、土曜にはもち公休出勤。でも一時間ほど抜け出して
今年3回目になる「オリジナル愛唱会」で歌う新曲に逢いに行ってきました。今回は2つの私の詩に曲が付きました。
町の青少年ホームの一室で、作曲者の方が歌手の方にギターを弾きながら歌を教えていらっしゃいました。
「冬の終わり」これはバリバリ不倫の詩で、歌ってくださる(多分20代後半〜30代前半の)女性は今日初めて渡された詩と曲に
かなり苦戦の模様。(だってね、詩がめちゃめちゃ長くて、作曲者もあまりのことに一部分をせりふにしてる。
それ、けっこう辛いよね、歌う方は(;^_^A )
でも、サビの部分はいいなぁ(^^ゞ  いや、曲も歌も映えるいい詩だ⊂(;^^)=○()/>.<)/    ちゃんと体に入った歌を早く聴きたい!
って思いました。
 もう一曲の「一秒に愛をこめて」は8ビートで、ロックっぽくできてると思うのですが、ギターのコード演奏だけで、歌手がまだ
見つからないとか。結局歌としては聴けなかったんですよね〜〜 (仕事の途中だったので、帰らないといけなかった(;_;))
ステージでのリハーサルにはなんとか顔を出して、多いに感動したいもんです(;^_^A

 てなことしながら、家に帰って夕飯食べて、ふたりして顔見合わせて映画に行きました。「マトリックスレボリューションズ」
見たくて行った映画ですからそれなりに楽しめましたが、あんまり希望も勢いも感じられなかったよ・・・・
行くとき、亭主が婆さまに「隣町に行く」って言ったのですよ。(ほんとは隣の県なのに、遠いと心配するので(^^ゞ )
で、何時に帰られるか分からないので、夜の商売のその2宛に「映画に行ってきます、鍵を閉めないで」と窓にメモを
貼り付けて出かけたんですね。以前、家の中から見えない窓の下に貼り付けて見逃され、窓から家に入った記憶があるので
今回はけっこう目立つところに。 そして日曜友人にあったら「夕べ電話したらおばあさんに『今日のうちなば、かえらねがもしんね』
って言われた」と(;^_^A (;^_^A ・・ 張り紙読まれて、バレバレでしたね。
 

 wpe1.jpg (4762 バイト) ガンバレ、歌手さん! wpe2.jpg (4684 バイト) 誰が歌うかって、なすり合わないで〜


11月7日

 え〜 ご近所のお葬式のお手伝いに行きました。親戚と言えば親戚、本家分家の関係と言われちゃそうかも・・でも、ほんとは??
ってことで、大変難解ながらもいかにもありそうな昔の田舎の血縁関係をば(推測を交えてお送りしましょう。)

  とりあえず、お葬式のあった家が1家、確執のある親戚が二家、我が家が三家、当時の村の大金持ちが四家としましょう。
今回のお葬式は1家の「あ女」婆様(89歳)のものでした。「あ女」はお婿さんを貰っています。長女もお婿さんを貰っています。
ところがその長女さん、なぜか二家のご主人にこだわりがあるよう〜〜
 そして始まりまする遠い昔の話・・(と言っても、明治が江戸末期の頃だと思うけど)

 三家に1家から養子にやってこられた男性が居ますな。たぶんその方の娘でもあるのか、1家に子供でも居なかったものか
四家さんに逗留(北海道出身で、わらじをぬいだ、)していた青年(以降「い男」)をお婿さんを貰って、養子縁組をしたようです。
(いわゆる『孫の家』に養女に行ったのね)その間に生まれた「う男」が隣の村からヨメさんを貰って「あ女」が生まれたのが89年前。
その前に「い男」も連れ合いに死なれ、近隣の村から後妻をもらったようで、あ女と同じ年の叔母「え女」が誕生しています。
ところが「あ女」の父が亡くなったというのに、小さな「あ女」たち兄弟を残したまま、「い男」が後妻と家を出奔してしまったんですね。
そして同じ村の中に家を構え、苗字を北海道の生まれた家のものに戻して、そこで暮らし始めました。そこに田畠、山林の利権が
大きく絡むようなのです。一家の主が面倒なものを捨て、財産だけを持って行ったようなイメージですね。
 で、母「あ女」から「捨てられて、小さな頃からずっと苦労した」と言われ続けた1家の長女は、母親の話として漠然と二家に
こだわりを持ち続けていたようなんですが・・ 
「い男」は何も持たないでただ家をでただけ、と二家は言い、1家は恨みつらみを持っていると言う・・
どうもその田んぼや山には四家の手腕、というか意向というか、入っているのではないかしらん?? と。
当時四家は飛ぶ鳥を落とす勢いの地主になっていたのでありますよ・・・ 

 とにもかくにも男手をなくした一家には三家の青年「お男」が因果を含められてごきり(2回目の旦那様)(「あ女」にとっては
従兄弟が義理の父になったのかな?)になって行き(行きたくないとごねた・・というのは、うちの舅の叔父のことですから、
私自身が舅から聞かされました。私がヨメに来た時は、1家でその「お男」爺様元気でいらしたもの)
そこで「あ女」の父違いの娘たちももうけ、「あ女」たちの母親が亡くなると、また後妻さんを貰っています。

 時が経ち、いろんな方が亡くなり、一番気落ちしているのは「あ女」婆様の旦那様とご家族でしょうけど、意外なところで「え女」さん
なんですって。叔母、姪の間柄ではあるし、そこはかとなく距離を置かれていたけど、同級生だったから、また一人欠けた、って・・・

で、結論。親戚でしょ、充分に1家と我が家三家、そして二家はね。でもワケわかんない。
3度も同じ家どうしの婚姻があるなんて!
 昔は、人間なんてひたすら労働力だったんですよね。(とくにこっちは百姓ばかりの田舎だから)
う〜む、不幸だとは思わないけど、生まれや血筋が絶対なんて、やっぱ、今は考えたくないな、私は・・ 
ちょっと横溝の世界でした・・・(;^_^A


 11月4日

 今朝テレビにキムタクが出ていて、すごいショックで掲示板に書き込んだ文面がこれ。
朝っぱらから芸能ニュースでキムタクが出た。彼はどーでもよい。
でもトニーやフェイオンや、王家衛や、クリストファードイルの顔まで見える!みんな笑ってる!
悔しい悔しい悔しい〜〜(>_<")  悲しい、切ない、泣ける〜〜(;´д`)
わ〜ん、なんで居ないの?あの人、なんで???」
涙がボタボタボタって落ちてしまった。 ほんとに、なんであの人はもうこの世にいないの??

 18歳の大学生が両親と弟を殺傷した事件があって、彼の16歳の恋人(?)も自分の両親を殺してから一緒に心中しようと
考えていた、ってんで、ほんとに昨今のニュースは耳も目も覆いたくなるものばかり。
 自殺願望はいいよ。(ほんとはあんまりよくないけど)でも、なんでその前に家族を殺すか、ってことよね。
それに対して今朝親を殺した10代を40人ばかり見てきた方(肩書きは忘れてしまいました。それから数字も間違っているかも)
が、25人くらいは自殺願望があり、でも自分だけ死ぬのは悔しい、自分にこんな想いをさせた親も道連れにしたい、
ってそう思っていた、と言っていました。
 ・・・すっごく不健全ですよねぇ〜〜  でも、なんとく分かってしまう自分も相当に不健全??
私の25歳と今月で23歳になる息子たち、こんな親とどんな気持ちで接してきたんだろうか。
それとも3月までは、まったく健全な親だったと??(んなこと、あるわきゃないね (;^_^A   )

 落ちたり上がったり、浮いたり沈んだり、人の心はまったく手に負えませんな。
私の周りにいるみなさん、ほんとにこんな人間でごめんない。でも、楽しくて充実した日々だって思っているのよ、
みなさんのおかげで!
 私、昔は自分が大っ嫌いだったけど、今はこんな自分も愛しいって思えるんだもの。


11月2日

 ええ〜っと、10ヶ月ぶりくらいに実家に行ってきました(;^_^A  車で20分ほどの距離ではありますが、今回はやたら遠かった(^^ゞ
ええ、母親は大変に元気でありました。沢庵用の大根を外で洗っておりましたが、仕事を辞めて家に上がりました。
弟もヨメさんもそれぞれ仕事だし、姪は部活、中2の甥がいましたが、私らの会話に参加するはずもなく〜〜
(でも久しぶりに見たら、10センチも伸びていた感じ。この年頃には驚くね)

・・・どうってことない、普通の婆様です。話の内容も世間話に終始するわけで、特別なこだわりがどこに存在するのか、不思議なくらい・・
 よく亭主も言っていたよのね。家(婚家)ではさんざぱら母親の悪口言っておいて、会えばしれ〜っとして仲良く話しをしてる、
まったく信じられないって。
 でも面と顔をあわせて「昔がど〜だったの、性格や相性がど〜だの」言っても始まらないでしょ。ヨメに出された時からあとは
ただの大人同士のオナゴの会話、になってしまうんだから。

 でも、なんで急に行こう、と思ったのか、自分でも不思議・・・ とりあえずは亭主が留守の定休日だったことね。
それから、気持ちの調子が大分復活したからでありましょう。(まだあの方から逃れられてないのは、私がよく分かっているけれども
とりあえず、母親側もあまりの音信不通ぶりに心配してるやも知れぬ、と思えるようにはなった。)
それから先週弟に電話をしたとき母親が出てしまって、いつもなら「よぐ音(沙汰)ねもんだな!」とムキになるんだけど
「今、えね。」「んだが。」「・・・・」「へば。」って、これだけの会話しかできなかったこと。
・・・ムムム、何か感じているかな?と、痛くもない腹(ほんとに痛くないかどうかは、このさい、おいておく)を探られるのは
たまらないな〜 と。この辺で弁解しておかないと、お互い深みにはまってしまいそうだな、って思ったこと。

 「なんで来ねがったな」と聞かれて、ま、とりあえず「調子が悪くて・・」と(;^_^A
「そういえば痩せだな。」「うん、4、5キロくらい」「どこ悪りがったな。○○(亭主の名前)はなても言ってねけで。」
(えっと、亭主は何度か行っています。お盆とか、義姉の葬式のこととかあったし)で、しょうがないから「気持ちの具合」と。

 大分張り切って、腰を曲げたまま青梅を煮たのとか、ミニトマトの甘露煮とか、お風呂よりも大きいストッカーから出してきて
自分の姉妹との写真を見せたり、刺し子した袋をたくさん持ち出して、私に選ばせたりしながら、2、3時間くらい
取り留めのない話をしました。まったく普通の親子であります。50になんなんとする娘と70を越えた母親、昔ならお迎え間近の
老親子だわよね。何を今更、だわ┐('〜`;)┌

 結局、私は母親に甘えているのでしょうかね。不義理を幾ら重ねても許される、と。
許してくれると信じてるから、安心して知らん振りしてるんでしょうかね・・・
 
 帰るときそのストッカーから、味噌漬け、カラシ漬け、沢庵、その他もろもろの甘露煮やら漬物やら、どっさり貰いました。
その辺が実に親子であります。 ・・・そしてそんな自分に泣いちゃうのも自分。なんで涙が出てくるんだ??さっぱり分からんよ。